☆別姓訴訟を支える会 メールマガジン☆第100号 2024年1月2日

別姓訴訟を支える会のみなさま、明けましておめでとうございます。
今年は第3次別姓訴訟提訴の年、一緒に頑張りましょう!!

昨年10月、最高裁判所は性別変更のための手術要件は違憲であるという判決を出しました。
選択的夫婦別姓訴訟には関係ないように見える判断ですが、実は別姓訴訟に活用できる論理が詰まっている、という視点で、弁護団の三浦徹也さんが2回の連載を担当してくださいます。
本日は前編をお送りします。

■はじめに

2023年10月25日、最高裁は、性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(以下「特例法」といいます。)が、性別変更のための要件として「生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。」と規定していることは、憲法13条に違反して無効であると判断しました(以下「2023年最高裁決定」といいます。
【決定の内容はこちら→最高裁令和5年10月25日大法廷決定】
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/527/092527_hanrei.pdf

一見、選択的夫婦別姓制度とは何も関係がないように思えるこの判断ですが、裁判の経緯や判断の中身を見ると、今後の選択的夫婦別姓制度を求める訴訟にとっても非常に関係のある(しかも有益な)要素がたくさん詰まっています。
ここではその内容を1つ1つ紹介していきたいと思います。

■特例法はなぜ存在している?

トランスジェンダー(特例法では「性同一性障害者」との文言がありますが、ここでは「トランスジェンダー」といいます。)は、生まれたときに割り当てられた性別とは異なるジェンダーアイデンティティ(性同一性)を持つ人を指す包括的な言葉です。
例えば、産まれたときの身体的特徴が男性であったために戸籍上は男性であるが、女性としてのジェンダーアイデンティティ(性自認・性同一性)を持っている方を指して「トランスジェンダー女性」あるいは「MtF」(Male to Femaleの略。「えむてぃーえふ」と読むことが多いです。)という言葉が使われています。逆の場合であれば、「トランスジェンダー男性」「FtM」という言葉が使われます。

トランスジェンダーの方々は、ジェンダーアイデンティティ(性同一性)と自らの体つきが異なることへの性的違和感に苦しむだけでなく、自身のジェンダーアイデンティティと社会から扱われる性別が異なるために、様々な社会的な不利益を受けています。
そのため、せめて戸籍上の性別を変更し、ジェンダーアイデンティティに従った生活ができるようにするために2003年に公布されたのが「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」です。

■特例法が定める性別変更要件
この特例法では、性別の取扱いを変更するための要件として、以下のように定めています。

(性別の取扱いの変更の審判)
第三条 家庭裁判所は、性同一性障害者であって次の各号のいずれにも該当するものについて、その者の請求により、性別の取扱いの変更の審判をすることができる。
一 十八歳以上であること。
二 現に婚姻をしていないこと。
三 現に未成年の子がいないこと。
四 生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。
五 その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。

今回の最高裁の決定は、このうちの4号(4号要件と言われています。)について、憲法13条に違反すると判断したものです。

■「これと異なる結論を採る最高裁平成30年(ク)第269号同31年1月23日第二小法廷決定・裁判集民事261号1頁は変更することとする。」

この特例法については、性別変更のための要件が厳しすぎると昔から批判されていました。
2023年最高裁決定の前にも、例えば「現に婚姻をしていないこと。」(2号要件)の定めは憲法13条、憲法14条、憲法24条に違反するものであるとして訴訟が提起されていましたが、最高裁は、2020年3月11日に、この2号要件は憲法に違反しないと判断していました
【決定の内容はこちら→最高裁令和2年3月11日第二小法廷決定】
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/311/089311_hanrei.pdf

実は、今回の2023年最高裁決定より前にも、同じ4号要件について違憲性が裁判で争われていました。
そして、最高裁は、2019年1月23日、4号要件については、「現時点では,憲法13条,14条1項に違反するものとはいえない。」と判断していました。
【決定の内容はこちら→最高裁平成31年1月23日第二小法廷決定】
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/274/088274_hanrei.pdf

これは2023年最高裁決定よりもたった4年前のことです。
最高裁の結論が変更されることはめったにありません。
過去の判例では、婚外子の法定相続分をめぐる訴訟で、1995年の最高裁大法廷決定及び以降2009年までの5件の最高裁小法廷判決と決定で合憲と判断したものが、社会や国民の意識の変化を踏まえて2013年になってようやく最高裁大法廷で違憲と判断されたということがありました。
社会が変化したとして最高裁が結論を変更するには、少なくとも10年は必要だと多くの法律家が考えていたと思います。

しかし、2023年最高裁決定は「これと異なる結論を採る最高裁平成30年(ク)第269号同31年1月23日第二小法廷決定・裁判集民事261号1頁(※先ほど紹介した2019年1月23日の決定)は変更することとする。」として、憲法13条に違反すると判断しました。
しかも、2019年の時は第二小法廷の5人の裁判官全員一致での合憲判断でしたが、2023年最高裁決定は大法廷の15人の裁判官全員が違憲と判断しています。
特に2019年に第二小法廷に在籍していた裁判官の三浦守さんと菅野博之さんは、いずれも2019年に合憲の判断をしていましたが、2023年には違憲の結論に変えています。

こうした短期間での結論の変更は、近年のLGBTQ+についての社会的な関心の高まりの中で、多様化する社会における裁判所の人権意識の高まりを表すものとして、期待と共に、好意的に受け止めています。

■判例の積み重ねが選択的夫婦別姓制度の後押しになる

選択的夫婦別姓制度をめぐる裁判は、第一次訴訟の判決が2015年に出て、第二次訴訟の決定が2021年と2022年に出ています。
しかし、すぐに第三次の訴訟を起こしてもどうせ合憲になると悲観することはありません。
2023年最高裁決定は、たった4、5年という期間でも、合憲判断をした内容を違憲の判断に改めることもできるくらい、社会が大きく変化していることを表しています。

トランスジェンダーに関する裁判としては、2023年7月11日にも、最高裁が経済産業省におけるトランスジェンダーの処遇が違法であると判断した事例がありました。
こうした最高裁における議論の蓄積が2023年最高裁決定にもつながったものと思います。
そして、LGBTQ+についての社会的な関心の高まりとともに、2019年2月14日から全国で「結婚の自由をすべての人に訴訟」という形で、法律上同性での結婚を求める裁判が提訴されています。
各地の地方裁判所から、家族としての法的保護が一切ないことは違憲であるという判断が続いています。
こうした一連の判決を通して、結婚を自律的に選べることがその人の人生にとって重要であること、社会は多様な家族の在り方を認めるべきであることといった個人を尊重する人権意識は、社会や司法の場で、この数年で急速に理解が広がっています。

選択的夫婦別姓制度も、個人の尊重の基盤としての氏を維持すること、家族としての在り方を自律的に選択できることを求めるものです。
ここ数年の裁判の蓄積は、選択的夫婦別姓制度を求める裁判にも追い風になっています。

2021年に最高裁が現在の夫婦同氏制度について合憲の判断をした際にも、合憲という多数意見を書いた裁判官ですら、「法制度の合理性に関わる国民の意識の変化や社会の変化等の状況は,本来,立法機関である国会において不断に目を配り,これに対応すべき事柄であり,選択的夫婦別氏制の導入に関する最近の議論の高まりについても,まずはこれを国会において受け止めるべきであろう。」として、選択的夫婦別姓制度の導入に関心を寄せています。
しかし、未だに国会において具体的な審理は進んでいません。

現在の夫婦同氏制度が違憲であるといった判断がされる要素は充分にそろっています。
2023年最高裁決定はその一つの布石ともいえるものです。

■次回のお話

今回は、2023年最高裁決定が、裁判所における人権意識の高まりを表すものであること、4年という短い期間でも近年の社会の状況の変化に照らして合憲の結論を違憲と変更ことがあり、選択的夫婦別姓制度を求める裁判にも後押しとなることについて紹介しました。

次回は、実は2023年最高裁決定の判断の中身をみても、選択的夫婦別姓制度を求める裁判の議論と構造を同じくしており、その判断過程は今後の訴訟での主張にとても有意義である点について紹介したいと思います。

弁護士 三浦徹也

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