2021年6月23日最高裁大法廷決定(以下、「21年決定」)を受けて / 弁護団による決定の解説とコメント

判決・決定の解説

2021年6月23日最高裁大法廷決定(以下、「21年決定」)を受けて

1 はじめに

 2018年の申立て以来、たくさんの方々から応援いただきありがとうございました。
 棄却の結論は大変残念でしたが、最高裁では、申立人らの思いに共感してくださる裁判官に出会えたことは幸いでした。多数の事件を同時に進行させるのは大変ではありましたが、2015年12月16日の夫婦別姓に関する最高裁判所大法廷判決(以下、「15年判決」)の経験から、3人に1人は違憲意見の裁判官がいるはずと信じて複数の申立てをし、最高裁のどの部にも事件が係属したのは成功でした。
 また、15年判決から5年半しか経ていないのに、稀にしか開かれない大法廷での2度目の審理がなされ、さらに多くの人にこの問題が日本の重要課題の1つであることを知ってもらえたことも、皆さんの応援の成果だと思います。
実際、決定が出るとの連絡を受けた後、申立人らや弁護団には、多くのマスコミから問い合わせや取材の依頼が殺到し、当日も、多数のマスコミが最高裁前に駆けつけて、決定を待ち受けるという熱気に、包まれていました。
 15人の裁判官のうち、違憲意見は4人、うち「受理せよ」の結論を認めたのが3人、合憲意見は11人、うち「国会で真摯な議論を」として15年判決よりさらに強く立法を促す補足意見を出したのが3人です。
違憲のみでなく「受理せよ」という結論まで得られることは容易ではないと理解していましたので、反対意見がそこまで認容し、その場合の戸籍法改正実現までの戸籍事務の処理方法についてまでていねいに言及されたことも、大きな成果でした。この先に違憲の判断が出たときの道標になります。
 多数意見(合憲)の理由はたった2頁(実質1頁)で、著しく内容は薄いです。何も書かないことは、将来の変更への布石といった評もみられましたが、15年判決がこれだけ学者らからも批判を受けてきて、それを跳ね返す説得力ある合憲理由は書けなかったという印象も持ちます。あるいは、2015年からまだ5年しか経ていないので最高裁が結論を変更するには早すぎる(最高裁判例の重みを損なう)として、合憲の結論ありきで裁判記録(主張や証拠)をきちんと読まなかった裁判官もおられたのではとさえ感じてしまいます。
 補足意見(合憲)はその理由を述べていますが(4頁半)、15年判決の枠組みを死守しつつ、15年判決の「制度優先思考」にのりすぎて、法律婚を「法制度のパッケージ」と安易な表現をしてしまうなど、その人権感覚に大いなる疑問を感じます。氏名や婚姻は、制度以前に存在し、人が生きる上で必要な根源的な価値であり、制度化する場合にも人権や人格的利益を侵害することなく構築されるべきもの、という15年判決に寄せられた厳しい批判に何ら答えていません。
 合憲意見に比し、違憲意見は、43頁分に及ぶ長いもので、ていねいで圧倒的な説得力をもち、個性が豊かです。申立人の主張や学者の評釈などのみにとらわれず、時間をかけて検討し論述されたことがわかります。結論とは逆に、この決定のほとんどの頁は違憲意見がしめています。また、違憲意見は、15年判決以降の事情の変更を根拠として憲法24条違反と判断する(15年判決を是認した上で判断を変更する方法)に至ったのではなく、そもそも15年判決の判断枠組みに誤りがあることを丁寧に論破・修正するという方法で違憲論を展開したことも秀逸です。
 この5年間で、社会は選択的夫婦別姓を望み容認し、女性活躍を推進する方向に急激に動いてきたのに、最高裁の女性裁判官は3人から2人に減り、違憲意見は5人から4人に1人減りました。私たちが違憲の決定を得られなかった理由は、まだまだ別姓を望みあるいは容認する声が小さいからとか、氏名を自己のアイデンティティととらえる人権意識が国民の間で低いからなどではなく、最高裁判所の裁判官の人権感覚や人事・ジェンダーバランスが大きな理由であることを多くの人は知っています。
 世界経済フォーラムによる男女格差を測るジェンダーギャップ指数について、2021年の日本のそれは156か国中120位、先進国の中で最低レベルです。別姓を認めない唯一の国となってしまっても国会は動かず久しく、何度国連から改正勧告をうけても耳を塞いでいること、最高裁の女性裁判官が極端に少ないことは、いずれも120位という汚名を象徴するできごとです。
 第2次訴訟の国賠請求事件3つの判決をいただくのはまだこれからですが(2020年暮れに上告しました)、次の訴訟の原告となりたい、何か応援をしたいという声がたくさん届いています。何度でも裁判は続き、必ず多数意見が違憲となる日がくると確信しています。
 以下、決定がわかりにくい、難しいという声も寄せられているので、少し長くなりますが、弁護団としての解説と見解を述べさせていただきます。

2 憲法14条違反の主張について

 多数意見は、「その余の論旨は、違憲をいうが、その実質は単なる法令違反を主張するもの又はその前提を欠くものであって、特別抗告の事由に該当しない」(2頁)として2行の文章で憲法14条違反の主張を斥けた。
 2次訴訟では、性差別の主張ではなく、「「夫婦別氏を希望するという信条のカップル」には婚姻を認めず、それ以外のカップル(主に同氏を許容するカップル)には婚姻を認めるという別異扱いには合理性がなく憲法14条1項の禁止する差別にあたるという主張をした。2次訴訟の一連の下級審判決の中では、夫婦別氏を希望することは個人の「信条」にあたるとするものも少なからずあった。なのに、これがなぜ違憲の主張ではなく、単なる「法令違反」あるいは「その前提を欠くもの」なのか、「その前提を欠く」とは何のことなのか、全く説明がない。判決の「判断の遺脱」(民事訴訟法338条1項9号)である。これほど広く一般の方々が関心を持ち、国民に読まれることがわかっている決定なのに、普通の人が読んでも全く意味のわからない(法律家にもわからない)2行の文章で斥けた。判断し説明することから「逃げた」と評されてもやむを得ないと思われる。
 合憲意見のうち3人の判事は、補足意見として再び合憲と判断する理由を述べた。これに関しては、以下の中で述べたい。

3 婚姻の要件か、直接の制約か

 憲法14条の審査のうえでも、24条の審査のうえでも、まず、民法750条及び戸籍法74条1号(以下、「本件各規定」)により、夫婦の氏の決定(婚姻届への記載)は、婚姻の要件といえるか、婚姻の直接の制約か、が前提として問題になる。
15年判決は、婚姻の効力であって直接の制約ではない、とし、24条の違憲審査を緩やかな基準へと向かわせてしまった(同日の再婚禁止期間大法廷判決は、直接の制約として厳しく審査した)。そこで、2次訴訟では、婚姻の法律上の要件であり直接の制約であることを明確にするため、民法750条を受けて、夫婦の氏の記載を婚姻届の受理要件(婚姻の形式的要件:これが民法の教科書の通説)とする戸籍法74条1号も併せて審査対象とする主張をした。
 しかし、合憲の補足意見は、これを「婚姻の効力から導かれた間接的な制約であって、婚姻をすること自体に直接向けられた制約ではない。」(3頁)とした。間接的制約という用語を使って、婚姻をすること自体に直接向けられた制約ではないと述べ、制約の程度がまるで軽いものであるかのように扱い、制約の合理性や正当性の真摯な審査を放棄するのは論理的ではない。また、そもそも「間接的制約」の意味が不明である。国民の誰もが、法律の根拠は知らなくても、「夫婦の氏を選ばなければ絶対に婚姻届は受理されない」ことは知っている。民法750条が婚姻の効力のところに位置していることを考慮しても、夫婦の氏の決定は婚姻の要件以外の何ものでもなく、「法律の定める婚姻の直接の制約」そのものである。
 この点、違憲意見は、直接的制約であることを認定し、「単一の氏の記載(夫婦同氏)を婚姻届の受理要件とするという制約を課すことは(中略)抗告人らの婚姻をするについての意思決定を抑圧し、自由かつ平等な意思決定を妨げるものといわざるを得ない。(中略)婚姻をするについての直接の制約に当たると解することができる」と判断し、15年判決を批判した(22頁、10頁同旨)。
 この論点を含め、違憲意見は、単に事情変更を理由として違憲の結論を出すのではなく、15年判決の論理や枠組み自体の誤りを正面から批判して違憲判断を導いているのが大きな特徴である。

4 制度と人権

 氏及び婚姻についての15年判決の「制度優先思考」(例えば、氏に関する人格権の内容は法制度をまって初めて具体的に捉えられる等)はその後厳しく批判され(高橋和之「同氏強制合憲判決にみられる最高裁の思考様式」世界2016年3月号)、申立人も2次訴訟ではこの点を主張してきた。
 補足意見(合憲)は、その批判に答えることなく、例えば婚姻については、「ここでいう婚姻(憲法24条1項の婚姻を指す)も法律婚であって、これは、法制度のパッケージとして構築されるものにほかならない。」とし、夫婦同氏制はそのパッケージにセットされた一内容であるので、「直ちに憲法24条1項の趣旨に沿わない制約を課したものと評価することができない」という論理を展開した。つまり法律婚は人間が作る制度であり、これに関連する人権や人格的利益の内容は、原則、その人間が作った枠組みの中でしか観念されないし、保障または保護しないという考え方である。およそ、氏を維持する利益、婚姻をする自由のいずれも、制度以前に、法が保護すべき利益又は人権であり、裁判所は、制度がそれを侵害していないかをチェックし国民を侵害から守る役割を果たさなければならないという姿勢がない。
 一方、違憲意見は次の通り、全く正反対である。

三浦意見

  • 「法律の内容によって、氏名について、その人格権の一内容としての意義が失われるものではない。」(7頁)
  • 「婚姻は(中略)個人の幸福の追求について自ら行う意思決定の中で最も重要なものの一つ。婚姻が法制度を前提とするものであるにしても、憲法24条1項に係る上記の趣旨は、個人の尊厳に基礎を置き、当事者の自律的な意思決定に対する不合理な制約を許さないことを中核とする。」(8頁)

 宮崎・宇賀意見

  • 「氏名(名前)の個人識別機能や自己同定機能は法制度がなければ認められない性質のものとはいえない」(23頁)
  • この(氏名を指す)人格的利益は、法律によって創設された権利でも、法制度によって与えられた利益や法制度の反射的利益などというものでもなく、人間としての人格的、自律的な営みによって生ずるものである」(23頁)
  • 「(氏の)法制度によって具体的に捉えられるのは、この人格的利益の内容ではなく、この人格的利益に対して法制度が課している制約の内容にすぎない。」(24頁)
  • 「婚姻自体は、国家が提供するサービスではなく、両当事者の終生的共同生活を目的とする結合として社会で自生的に成立し一定の方式を伴って社会的に認められた人間の営みであり、私たちは、原則として、憲法24条1項の婚姻はその意味と解すべきであると考える。」(20頁)

5 多数意見の憲法24条と事情の変化の関係について

 多数意見は憲法24条に関する15年判決の判断枠組みを維持したうえ、「平成27年大法廷判決以降にみられる女性の有業率の上昇、管理職に占める女性の割合の増加その他の社会の変化や、いわゆる選択的夫婦別氏制の導入に賛成する者の割合の増加その他の国民の意識の変化といった原決定が認定する諸事情等を踏まえても、平成27年大法廷判決の判断を変更すべきものとは認められない。」(2頁)とした。
 しかし、ここでも、15年判決後の夫婦別姓をとりまく日本社会の変化、国民の意識の変化、国連からの3度目の法改正勧告といった国際的動向等、事情の変化が著しいことが証明されていながら(申立人らは膨大な資料、統計を提出し証明した)、なぜ合憲性の判断を変更すべきものではないかの理由を全く語らない。説明がないため、判決に説得力が全くない。

6 憲法24条と反対意見―15年判決と異なる判断枠組み

 一方、反対意見(違憲)は、いずれも申立人らの主張を採用し、15年判決の判断枠組を批判し、異なる論理で憲法24条違反を認めた。
 またさらに、宮崎・宇賀意見は、15年判決の枠組みに依拠したとしても、その後の事情の変化をも考慮して、憲法24条違反とすべきことも論じた(31頁)。
 2次訴訟では、申立人らは一次訴訟と異なり、憲法13条違反を主張しなかった。それは、全く同じ法的主張をすぐに繰り返しても最高裁の判断変更の見込みは極めて低く(2次訴訟の提訴時で2年強)、かつ、多くの主張を盛り込むことによって代理人も裁判所も力をそがれることがあることを考慮してであった。しかし、民法750条の問題の中核の1つは、氏が個人の人格の一部であること、憲法上の人権または憲法が保護すべき人格的利益であることにあり、そのことを申立人らは憲法14条の「信条」の意味や、同24条の「個人の尊厳」の意味に込めて主張してきた。
 反対意見は、申立人らの予想以上に、氏が人格的利益または人格権の一部であることを正面からとらえて憲法24条の審査を行った。氏の維持を人格的利益と捉えるべきことは15年判決も認めていた。三浦意見は、少なくとも重要な人格的利益であることをまず確認したが、宮崎・宇賀意見では、さらにすすめて、氏が憲法13条により保障される人格権であることまで認定したことは特筆すべきである。

1 三浦意見 7頁

 まず、氏について、個人の人格の象徴であることを中核としつつ、婚姻及び家族に関する法制度の要素となるという複合的な性格を有することを踏まえ、「人が出生時に取得した氏は、名とあいまって、年を経るにつれて、個人を他人から識別し特定する機能を強めるとともに、その個人の人格の象徴としての意義を深めていくものであり、婚姻の際に氏を改めることは、個人の特定、識別の阻害により、その前後を通じた信用や評価を著しく損なうだけでなく、個人の人格の象徴を喪失する感情をもたらすなど、重大な不利益を生じさせ得ることは明らかである。したがって、婚姻の際に婚姻前の氏を維持することに係る利益は、それが憲法上の権利として保障されるか否かの点は措くとしても、個人の重要な人格的利益ということができる」とした。
 次に、婚姻の自由については、「個人の幸福の追求について自ら行う意思決定の中で最も重要なものの一つである。婚姻が法制度を前提とするものであるにしても、憲法24条1項に係る上記の趣旨は、個人の尊厳に基礎を置き、当事者の自律的な意思決定に対する不合理な制約を許さないことを中核とするということができる。」(8~9頁)とする。
そのうえで、法(民法750条、同739条1項、戸籍法74条1号)の定める婚姻の要件が、「意思に反しても氏の変更をして婚姻をするのか、意思に反しても婚姻をしないこととするのかという選択を迫るものであ」り、「(補足意見の言う)法制度の内容に意に沿わないところがあるか否かの問題ではなく、重要な法的利益を失うか否かの問題である。これは、婚姻をするかどうかについての自由な意思決定を制約するといわざるを得ない。」(10頁)とする。そして、その制約の合理性を検討するに際し、「ここで問題となるのは、夫婦同氏制がおよそ例外を許さないことが婚姻の自由の制約との関係で正当化されるかという合理性である。」(11頁)として、24条審査の中で憲法14条審査(別姓を望む者に婚姻を認めないのは差別か)と同様の審査を行い、15年判決が掲げた同氏制の意義を1つずつ吟味し、それらが例外を許さないということの十分な根拠とならないと結論づける。
 また、本件各規定が、明らかに女性に不利益を与える効果を伴っており、両性の実質的平等という点で著しい不均衡を生じさせていることなどを踏まえ、「夫婦別氏の選択肢を設けていないことが、婚姻の自由を制約している状況は、個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らし、本件処分の時点で既に合理性を欠くに至っているといわざるを得」(16頁)ず、憲法24条の規定に違反すると結論づける。ほぼ申立人の主張に沿う認定であり、この決定を多くの法律家ではない人が読むことも念頭に、非常に平易な言葉で語られていることを僭越ではあるが高く評価したい。

2 宮崎・宇賀意見(17頁)

 宮崎・宇賀意見は、憲法24条1項と2項それぞれにつき分けて詳細に論じたうえ、憲法24条違反であると判断した。

 ⑴ 憲法24条1項について

 まず24条1項の法意について、「婚姻をするについての当事者の意思決定が自由かつ平等なものでなければならないことは、憲法13条及び14条1項の趣旨から導かれると解されるから、憲法24条1項の規定は、憲法13条の権利の場合と同様に、かかる意思決定に対する不当な国家介入を禁ずる趣旨を含み、国家介入が不当か否かは公共の福祉による制約として正当とされるか否かにより決せられる。」(18頁)とし、憲法24条の解釈につき極めて広い国会の立法裁量を肯定した15年判決に対峙する。
 次に夫婦所得課税に関する昭和36年9月6日の最高裁判所大法廷判決が憲法24条1項について「継続的な夫婦関係を全体として観察した上で、婚姻関係における夫と妻とが実質上同等の権利を享有することを期待した趣旨」であると判示したことを踏まえ、当該夫婦間の実質的平等に着目しようとする。
そして、「婚姻自体は、国家が提供するサービスではなく、両当事者の終生的共同生活を目的とする結合として社会で自生的に成立し一定の方式を伴って社会的に認められた人間の営みであり、私たちは、原則として、憲法24条1項の婚姻はその意味と解すべきであると考える。」とし、婚姻はパッケージとまで述べる補足意見の制度優先思考を強く否定し、「婚姻の成立や効力、内容について法令によって制約を定める必要があるのであれば、かかる制約が合理性を欠き上記の意味における婚姻の成立についての自由かつ平等な意思決定を憲法24条1項の趣旨に反して不当に妨げるものではないことを、一つひとつの制約について各別に検討すべきである。」(20頁)とし、15年判決の「総合的な判断」といったあいまいな基準を否定し、これに対峙する審査姿勢を打ち出した。
 反対意見は、申立人らの主張した憲法14条違反を正面から取り上げてはいないものの、上記の姿勢は、憲法14条として婚姻の制約の正当性を審査する場合の真摯さや厳密さと変わらないものと弁護団は受け止めており、憲法14条論で精緻に展開してきた主張が生かされたと考えている。
 次に、両意見は、氏名が「個人の尊重、個人の尊厳の基礎を成す個人の人格の一内容に関わる権利であるから憲法13条により保障されるものと考えられる」(23頁)とし、人格的利益よりさらに進んで憲法13条の保障する人権であることを正面から認める。全体の記述の中では、人格権と人格的利益の表現が混在して出てくるものの、総じて憲法上の人権であることを認めたと読める。そして、「法律によって創設された権利でも、法制度によって与えられた利益や法制度の反射的利益などというものでもなく、人間としての人格的、自律的な営みによって生ずるものである」(23頁)、「法制度によって具体的に捉えられるのは、この人格的利益の内容ではなく、この人格的利益に対して法制度が課している制約の内容にすぎない。」(24頁)と論破する。
 そして、「単一の氏の記載(夫婦同氏)を婚姻成立の要件とするという制約を課すことは、(中略)当事者双方にとっては、自身が氏を変更する側になるか変更しない側になるかにかかわらず、自分又は相手の人格の一部を否定し、かつ婚姻が維持される限り夫と妻とがかかる人格的利益を同等に享有することができないこととなることを前提とした上で婚姻の意思決定をせよというに等しい。」(26頁)し(蟻川恒正「夫婦同氏制の合憲性」民法判例百選Ⅲ親族・相続第2版は同等の権利に着目していた)、「抗告人らのように双方が生来の氏を希望する者に対して、夫婦同氏を婚姻成立の要件とする制約を課すことは、抗告人らの婚姻をするについての意思決定を抑圧して自由かつ平等な意思決定を妨げるものであるから、憲法24条1項の趣旨に反する侵害に当たるというほかない。」(27頁)と結論付ける。
 次に、この制約を正当化するような公共の福祉の観点からの合理性があるかを検討し、15年判決の挙げた各合理性を吟味しているが、その中で、「そもそも氏が家族の呼称としての意義を有するとする考え方は、憲法上の根拠を有するものではない。」(27頁)とし、「家族という概念は、憲法でも民法でも定義されておらず、その外延は明確ではな」く、「世帯の実態は多様化し」「民法が、子の氏とその両親の氏は同じでなければならないことを常に要求しているわけではな」く、「子の氏とその両親の氏が同じである家族というのは、民法制度上、多様な形態をとることが容認されている様々な家族の在り方の一つのプロトタイプ(法的強制力のないモデル)にすぎ」ず(28頁)、「そのプロトタイプたる家族形態において氏が家族の呼称としての意義を有するというだけで人格的利益の侵害を正当化することはでき」ず(29頁)、「公共の福祉の観点から合理性があるということはできない」と結論づける。
 また、「夫婦同氏の強制を人格権侵害と感ずるかについて個人差があることは事実であるが、そのことは(中略)憲法24条1項の趣旨に反する侵害であることを否定する理由にはならない。」(30頁)とし、プライバシー権の保障と同様の問題であることを念のため付言している。
 さらに、三浦意見同様、15年判決のいう嫡出子であることを氏をもって対外的に公示する意味は、逆に非嫡出子や離婚した母子家庭の子供に対する差別を助長する面があることに警告を発している。

 ⑵ 憲法24条2項について(30~32頁)

 憲法24条2項の審査においても、両意見は、15年判決の「総合判断」という枠組を否定し、本件各規定は憲法24条1項の趣旨に反し、したがって、その限度で、憲法24条2項の個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚した法律とはいえず、立法裁量を逸脱しており、違憲といわざるを得ないとする。なお、三浦意見同様、夫婦別氏を一律に義務付けるべきとするものではなく、夫婦同氏制に例外を設けていないことを違憲とするものであることを念押ししている。

 ⑶ 15年判決の枠組みによっても違憲であること(31~36頁)

 次に、両意見は、下記のような点をあげ、念入りに15年判決の枠組みによっても違憲であるとする。

  • 双方の氏の維持のために事実婚を選択するケース、形式的離婚をするケースがあり、その結果、子が嫡出子と扱われない、共同親権に服さないなどの深刻な不利益を受け、夫婦同氏を強制する制度が子の福祉を損なっている面があること
  • 15年の判決後に旧姓の通称使用が国の機関における公的な文書においてすら認められるようになったことは、夫婦同氏制自体に不合理性があることを認めることにほかならないこと
  • 旧姓使用の拡大により、非公開原則の戸籍が夫婦同氏制で決定された氏の対外的公示手段となるという説明は現実的に無理であること
  • 旧姓の通称使用は、人格的利益の喪失という本質的な問題を解決せず、ダブルネームの使い分けの負担の増加、社会的なダブルネーム管理コスト、個人識別の誤りのリスクやコストを増大させるという不合理な結果も生じさせていること
  • 女性差別撤廃条約に基づく3度目の法改正勧告を15年判決の後の2016年にも受けた事実は、別氏の例外を認めない夫婦同氏制が国会の立法裁量を超えるものであることを強く推認させること

7 女性差別撤廃条約について(36頁)

 三浦意見、宮崎・宇賀意見はいずれも前記の憲法24条違反を認める事情の1つとして、女性差別撤廃委員会の法改正勧告をあげている。中でも、以下の通り、宮崎・宇賀意見は、これまでの日本のすべての下級審裁判例も含め、女性差別撤廃条約について最も多くの頁を割いて言及した判例であると思われる。同条約には直接適用可能性がないとして全く判断を示さなかったこれまでの下級審とは異なり、国際条約の国内的効力に基づき、女性差別撤廃条約に照らして国内法の司法審査を行えることを前提に、同条約を憲法24条の解釈基準とした点が非常に画期的である。
 また、結論として、日本が民法750条を法改正すべき条約上の義務を怠って相当な期間が経過したことまで認めていることは立法不作為の違法性の根拠たりうることを示唆するものとして、特筆すべきである。
 「女子差別撤廃条約についても、法的拘束力がある文言で規定されている限り、同条約が定める義務に違反する法律を改廃し、義務に反する新規立法を回避し、もって同条約を誠実に遵守する義務がある。」
 「同条約22条は「agree to」、16条1項は「shall」をもって規定されているから、法的拘束力を持たせる趣旨であることは明確といえる。」「日本政府は、女子差別撤廃委員会のこの解釈(夫婦同氏強制が女性差別を温存、助長する効果のある制度に当たること)を争うことなく、指摘された問題に対応するための法改正(民法750条)を行う方針であると説明してきていながら、立法機関である国会がその法改正措置を実施しない状態が長年にわたって継続している。」
 「日本国が女子差別撤廃委員会による夫婦同氏制についての最初の指摘を受けた2003年(平成15年)から本件処分時まで約15年」であり、15年判決後の2016年には女子差別撤廃委員会から3度目の正式勧告がされたことは、民法750条を法改正するという女子差別撤廃条約上の義務について、「かかる措置をとるために必要と考えられる社会通念上相当な期間が経過したことを示しているというほかなく、本件処分の時点では、締約国である我が国の枢要な国家機関である国会において、同条約2条の合意にもかかわらず、もはやかかる措置の実施を、遅滞なく追求しているとはいえない状態に至っていたことを示していると解される。

8 国会との関係

 補足意見は、以下の通り、15年判決よりさらに強い言葉で国会に議論を託した。

  • 「上記の法制度の合理性に関わる国民の意識の変化や社会の変化等の状況は、本来、立法機関である国会において不断に目を配り、これに対応すべき事柄であり、選択的夫婦別氏制の導入に関する最近の議論の高まりについても、まずはこれを国会において受け止めるべきであろう」(6頁)
  • 「国会において、この問題をめぐる国民の様々な意見や社会の状況の変化等を十分に踏まえた真摯な議論がされることを期待するものである」(7頁)。

 国会へのこの要望自体は望ましいものであるが、最高裁の結論が合憲であれば、どんなに理由中で議論を促しても、その言葉とは反対に国会での議論を停止させる効果を持つことは、婚外子の判例の歴史が証明している。それをも十分知りつつ、あえて国会とキャッチボールを続けて先送りすることをよしとする姿勢にとどまった点を批判したい。
 補足意見は、「一般論として、この種の法制度の合理性に関わる事情の変化いかんによっては、本件各規定が上記立法裁量の範囲を超えて憲法24条に違反すると評価されるに至ることもあり得るものと考えられる。」(5頁)と述べ、将来の判例変更に含みをもたせている点を評価するものもいる。しかし、補足意見は一方で、「法制度をめぐる国民の意識のありようがよほど客観的に明らかといえる状況にある場合はともかく(中略)本件各規定が憲法24条に違反すると評価されるに至ったとは言い難い」とまで述べる(5頁)。選択的別姓制度を容認する世論が90%程度に至ったらようやく違憲に変更するというのだろうか(政府の世論調査と異なり、通称使用拡大策という不十分な解決策を選択肢にいれない民間調査ではいずれも7~80%がすでに容認している)。補足意見のいう「国民の意識のありようがよほど客観的に明らか」な事態が将来起きている段階では、司法の違憲判断を要せず(司法は役割を果たさないまま)国会で改正されているだろう。
 この補足意見の姿勢は、そもそも、氏の維持や婚姻の自由を、憲法が保障すべき人格的利益であると捉えていないことに原因がある。しかし、15年判決はすでに氏は維持をできないことにより人格的利益が失われることがあることを認め、同日の再婚禁止期間判決は、すでに婚姻の自由が憲法24条の保護すべき人格的利益であることを認めているのである(憲法上の「権利」であるとするまでには至らなかったが)。たとえ一人でも法が保護すべき人格的利益を侵害されているならば、個別救済をするのが司法の役割であり、その救済の是非は本来世論の多数決で決めるべきものではない。したがって、本件を国会の議論に委ねること自体、根本的に誤っているというほかない。

2 反対意見

 一方、反対意見は、以下の通り、人権にかかわる事項は国会に託すべきではなく、裁判所の本来の役割を果たして判断すべきことを明快に論じる。
 三浦意見は、「婚姻の自由を制約することの合理性が問題となる以上、その判断は、人格権や法の下の平等と同様に、憲法上の保障に関する法的な問題であり、民主主義的なプロセスに委ねるのがふさわしいというべき問題ではない。」(三浦 11頁)とし、違憲判断をしたうえで、「国会においては、速やかに、これら(戸籍法関係を指す)を含む法制度全体について必要な立法措置が講じられなければならない。」(17頁)として国会に法改正を要求する。
 一方、宮崎・宇賀意見は、民法750条を法改正すべき女子差別撤廃条約上の義務について、「かかる措置をとるために必要と考えられる社会通念上相当な期間が経過した(最初の改正勧告2003年から本件処分2018年まで15年)」(36頁)として法改正の遅滞を厳しく批判している。このことは立法不作為による国家賠償法上の違法の根拠ともなりうる。

9 婚姻届の受理について

 宮崎・宇賀・草野の3人は、本件の別姓の婚姻届を受理すべきことも認めた。実務の混乱を恐れて違憲判断ができないとする(婚外子裁判の際、裁判所は他事案への影響を危惧し違憲判断になかなかふみこまなかったと後日談で語られている)のは裁判所の任務放棄につながり、3人の勇気ある意見に拍手を送りたい。宮崎・宇賀意見を引用する。
 「本件各規定のうち夫婦に同氏を強制し婚姻届に単一の氏の記載を義務付ける部分が違憲無効であるということになれば、本件処分は根拠規定を欠く違法な処分となり、婚姻の他の要件は満たされている以上、市町村長に本件処分をそのままにしておく裁量の余地はなく、本件婚姻届についても、婚姻届不受理処分が違法である場合の一般の審判と同様、届出の日付での受理を命ずる審判をすべきことになると考えられる。」(41頁)
 その場合に「戸籍の編製及び記載をどうするのか(同一戸籍になるのか、その場合、戸籍の筆頭者は誰になるのかなど)は、法改正がなされるまではペンディングにならざるを得ないかもしれず」、戸籍法48条1項の規定による婚姻届受理証明書、出生届受理証明書等の請求により対応し、関連規定の改正を速やかに行うことが求められる、1996(平成8)年には法務省において必要な外国の制度調査を行い、法制審議会の検討も終えて、夫婦同氏制の改正の方向を示す法律案の要綱も答申されたことを勘案すると、迅速な対応は可能であるとまとめている。

10  草野反対意見(43~49頁)

 結論は、宮崎・宇賀意見と同じであるが、「本件各規定が国会の立法裁量の範囲を超えるほど合理性を欠くといえるか否かを判断するに当たっては、現行の夫婦同氏制に代わるものとして最も有力に唱えられている法制度である選択的夫婦別氏制を導入することによって向上する国民各位の福利とそれによって減少する国民各位の福利を比較衡量することが有用であると考える」(43頁)とする手法により判断している。そして、当事者の福利、子の福利、親族の福利それぞれに及ぼす影響を検討したうえで、「選択的夫婦別氏制を導入することによって向上する国民の福利は、同制度を導入することによって減少する国民の福利よりもはるかに大きいことが明白であり、かつ、減少するいかなる福利も人権又はこれに準ずる利益とはいえない。そうである以上、選択的夫婦別氏制を導入しないことは、余りにも個人の尊厳をないがしろにする所為であり、もはや国会の立法裁量の範囲を超えるほどに合理性を欠いているといわざるを得ず、本件各規定は、憲法24条に違反していると断ずべきであ。」(44頁)と結論づける。15年判決の憲法24条審査の手法である「当該法制度の趣旨や同制度を採用することにより生ずる影響につき検討」するという方法に依拠しつつ、その影響についての判断は宮崎・宇賀意見と同じということもできる。
 なお、子の福利について、「夫婦別氏とすることが子にもたらす福利の減少の多くは、夫婦同氏が社会のスタンダード(標準)となっていることを前提とするものである。したがって、選択的夫婦別氏制が導入され氏を異にする夫婦が世に多数輩出されるようになれば、夫婦別氏とすることが子の福利に及ぼす影響はかなりの程度減少するに違いない」(47頁)とするほか、「夫婦自身の福利と子の福利をいかに斟酌するかについては、これを親(夫婦)の裁量に委ねることが相当であ」るとする。家族の幸福の形はそれぞれの家族が決めるべきであり、他から強制できるものではないこと、子の養育に最大の責任を持つのは家族以外の者ではなく監護親であることを鋭く指摘した趣旨と受け止めている。

11 さいごに

 長い文章、最後まで読んでいただきありがとうございました。合憲で終わった以上、裁判は形を変えてさらに続きます。違憲判断に至るまで。

2021年6月28日
第2次夫婦別姓訴訟弁護団
(頁数は令和2年(ク)第102号裁判所サイト登載の決定による)

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