☆別姓訴訟を支える会 メールマガジン☆第101号 2024年1月14日

みなさんこんにちは。別姓訴訟を支える会です。
性別変更のための手術要件違憲決定と別姓訴訟の論理について、今号では後編をお送りします。

■はじめに
前回のメルマガでは、2023年10月25日に出た、性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(以下「特例法」といいます。)に関する最高裁の違憲決定(以下「2023年最高裁決定」といいます。)が、裁判所の近年の人権意識の高まりを表すものであることを紹介しました。
今回は、実はその判断の中身をみると、選択的夫婦別姓制度を求める訴訟においても有益な議論を展開していることを紹介します。

なお、特例法では「性同一性障害者」という用語が使われていますが、性同一性障害(Gender Identity Disorder)は、医学的には既に「精神障害」の分類から除外されており、「障害」という用語を使うことは本来適切ではありません。
現在は、性同一性障害ではなく「性別不合」「性別違和」と呼称されることが多いようです。
もっとも、2023年最高裁決定は、法令の用語に即して「性同一性障害者」という言葉を使っており、決定の中でも「性同一性障害とは、生物学的な性別と心理的な性別が不一致である状態をいい、医学的な観点からの治療を要するもの」と説明しています。
そのため、今回のメルマガでは、2023年最高裁決定に沿って「性同一性障害者」という言葉を用いて説明しています。

■性同一性障害者が置かれている状況
性別は、社会生活上様々な場面で、(良くも悪くも)個人の基本的な属性の一つとして扱われています。
「女性用」「男性用」と区別されている物も多くあります。
女性らしく、男性らしく生きたいと思う方も多いでしょう。
各種サービスを利用する際も、会員登録に性別も登録する必要があったり、レディースデイとか女子旅といったプランが用意されていたりもします。
こうした中で、自認する性別に即して社会生活を送ることは、誰にとっても重要な利益です。
しかし、性同一性障害を有する人は、自身の性的違和感に苦しむだけでなく、自身の自認する性別(ジェンダーアイデンティティ)と社会から扱われる性別が異なるために、性自認に従った社会生活上の取扱いを受けられなかったりするなどの社会的な不利益を受けています。

このような性同一性障害を有する人の生活の向上を目的として、その人の状況にあわせて、精神的サポートや、身体的治療を要する場合には、ホルモン療法、乳房切除術、生殖腺除去手術、外性器の除去術または外性器の形成術等といった対応が行われることがあります。
ホルモン療法等を行うと、外見上、男性ホルモンの投与によって男性的に、女性ホルモンの投与によって女性的に段々と変化していきます。
また、自分の性自認と異なる性別を表す戸籍上の名を使用することに精神的苦痛を感じるという場合に、家庭裁判所の許可を得て名の変更を行うこともあります。
このようにして、自認する性別と身体的特徴や名が表す性別を近づけていくことは、性同一性障害を有する人の生活の向上にとって重要ですが、性自認に従った社会生活上の取扱いを受けるには、やはり戸籍上の性別(法的性別)も一致させることが重要です。

しかし、性別変更のために特例法3条4号が定めている要件(生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。以下「4号要件」といいます。)を満たすためには、生殖腺除去手術を行う必要があります。
生殖腺除去手術は、簡単に言えば、精巣又は卵巣を摘出する手術です。
しかし、生殖腺除去手術は、治療手段の一つではありますが、性同一性障害を有する人が示す症状は多様であり、どのような身体的治療が必要であるかはその人の状況によって異なります。
つまり、治療としては生殖腺除去手術を必要としない人も、性別を変更するためには手術を受けなければなりません。
しかも、生殖腺除去手術は、それだけでも身体への侵襲を伴う負担が大きいものですが、手術すれば終わりというものでもなく、精巣や卵巣の摘出によって身体のホルモン量が変化し、自律神経が乱れたり、精神的に不調をきたす可能性もあります。
生殖腺除去手術はリスクなく簡単に選択できる手段ではありません。

■2023年最高裁決定の判断
そうすると、性同一性障害者は、自分の性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けようと思えば、身体への侵襲を伴い、負担が非常に大きい生殖腺除去手術を受けなければならず、逆に生殖腺除去手術を避けて身体への侵襲を受けないようにするためには、自分の性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けることを諦めざるを得ないという二者択一を迫られていることになります。

こうした性同一性障害者が置かれている二者択一の状況について、2023年最高裁決定は結論として以下のように述べて、憲法13条に違反すると判断しました。
「本件規定(引用者注:4号要件)による身体への侵襲を受けない自由に対する制約は、上記のような医学的知見の進展に伴い、治療としては生殖腺除去手術を要しない性同一性障害者に対し、身体への侵襲を受けない自由を放棄して強度な身体的侵襲である生殖腺除去手術を受けることを甘受するか、又は性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けるという重要な法的利益を放棄して性別変更審判を受けることを断念するかという過酷な二者択一を迫るものになったということができる。
また、前記の本件規定の目的を達成するために、このような医学的にみて合理的関連性を欠く制約を課すことは、生殖能力の喪失を法令上の性別の取扱いを変更するための要件としない国が増加していることをも考慮すると、制約として過剰になっているというべきである。」
(2023年最高裁決定の全文はこちらからみることができます。
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/527/092527_hanrei.pdf )

この最高裁の判断の重要なポイントを簡単にまとめれば、2つの重要な自由や利益を天秤にかけて(今回で言えば(1)手術を受けることを強要されないこと(身体への侵襲を受けない自由)と、(2)性自認に従った性別で社会生活を送ること)、いずれか一方を選択することを迫るようなことは、いずれを選ぶかという選択は自分でしていたとしても、当該自由や利益に対する「過剰」な制約と評価しうるものだということです。

■夫婦同氏制も二者択一の構造が問題
夫婦同氏制の問題も、まさに同じ二者択一の構造が問題になっています。
つまり、結婚を望むカップルが法的に結婚できることは、その人の人生において重要なことです。
一方で、氏名はその人のアイデンティティと深く結びついていて、氏を変更することはその人のアイデンティティの否定につながるものです。

そのため、夫婦同氏制が、結婚するために夫婦のいずれか一方が氏を変更することを求めていることは、氏を維持することと法的に結婚することという重要な利益を天秤にかけて、いずれか一方を選択することを迫っていることになります。
これを2023年最高裁決定の言い回しに即して言い換えると、いずれも氏を変更することを希望しないカップルに対して、夫婦のいずれか一方が氏名と紐づいたアイデンティティ等の人格的な利益を放棄して氏を変更することを甘受するか、または夫婦がお互いに氏を維持するために法的に結婚するという重要な法的利益を放棄して夫婦としての関係を社会的に公証することを断念するかという過酷な二者択一を迫るものといえます。

そして、夫婦同氏に例外を設けないことについて合理性がないことからすれば、この二者択一を迫ることにより、一方では氏名に関する人格的利益を、一方では婚姻の自由を過剰に制約しているものと評価すべきでしょう。
このように、氏か結婚かの二者択一の構造を、憲法論として展開するにあたって、2023年最高裁決定の判断過程は非常に示唆に富む内容となっています。

■総力戦の第三次訴訟
特例法と夫婦同氏制は一見すると全く関係ないように見えますが、これまで2回に分けて紹介したとおり、今後の選択的夫婦別姓制度を求める訴訟にとっても非常に関係のある有益な要素がたくさん詰まっています。
現在、第三次の選択的夫婦別姓訴訟に向けて、訴状の内容を弁護団で検討している真っ最中ですが、その構成もこの2023年最高裁決定を大いに参考にしたものになっています。
また、これまでの第一次訴訟、第二次訴訟の結果やそれを踏まえた学説等の議論だけでなく、既に訴訟が行われている「結婚の自由をすべての人に訴訟」(同性婚訴訟)での議論も取り入れながら、訴状の内容を練っています。
第三次訴訟は、これまでの夫婦別姓に関わる沢山の蓄積や、近年の活発な憲法の議論を動員した、まさに「総力戦」です。
ぜひ一緒に盛り上げていきましょう!

弁護士 三浦徹也

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