別姓訴訟を支える会事務局です。
前回に続き、「夫婦別姓─家族と多様性の各国事情」(ちくま新書)を出版した著者の案内で、「夫婦別姓」をテーマに世界を巡ります。第3コースの案内人は、北京在住の斎藤淳子さんです。
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【第3コース】韓国→中国
ゼロコロナ旋風の北京で突然、自宅隔離されたり、全市の飲食店が閉まったり。PCR陰性でも結果がアプリに出ず、モールにも入れない状況です。
さて、夫婦別姓の各国事情を今回は東アジアで見てみましょう。
日中韓の姓名は中国発祥の儒教的伝統をベースとしながらも、日本が韓国に押し付けた家父長制度が交差しつつ、似て非なる発展を遂げました。韓国の章を読むと、中国と日本による封建的影響を克服した近年の同国の歩みが浮かび上がります。
詳細は本書に当たっていただきたいのですが、韓国社会にはご存知のとおり、中国発祥の儒教思想に基づく父系血統主義の土壌が長く残りました。中国でも韓国でも「夫婦別姓」が基準だったのは、極めて古いこの習慣によるものだった点は案外知られていません。同じ理由で、少し前には、跡継ぎの男児重視のあまり女児を間引きし、新生児の男女比の不均衡さえ起きています。これは韓国と中国に共通した痛々しい社会現象でした。
中国においても、胸が痛くなる父系血統主義の名残は今現在もなお農村に残っています。ただ、その一方で中国の都市部は、日本人もびっくりするほどの「堂々とした女性」が早くから登場しています。この反対色のモザイクのような複雑さは中国の章でとくと楽しんで頂きたい。
更に韓国には戦後も家父長に女性を支配する特権を与えた近代日本法の戸籍制度(いわゆる「日帝の残滓」)が残りました。「GHQの主導で、さっさと民法を改正した日本」と異なり「それがなかった韓国人女性たちは自力で日本が残した旧民法と戦うしかなかった」といいます。そう言われて、戦後の日本の民法改正がいかに180度の急転換だったかを改めて思い出しました。
中国における転換もこれに似ています。中国は法的には、1950年に儒教的伝統を社会主義思想の男女平等論であっさり上塗りして葬り去りました。こうして、中国は「男女平等に基づく」夫婦別姓を世界的にみても早い時期に宣言し、今日に至っています。
このように、日本と中国は戦後の改革期に、トップダウンで法制の衣替えをしました。一方、韓国は、戦後半世紀をかけて自力で、ボトムアップの力によってこの負の遺産を払しょくせざるを得なかったといいます。
日中韓の姓名の変遷を比較する中で、差別的な伝統と歪んだ家父長制ととっくみ合ってきた韓国の様子と、不思議なモザイク模様の中国、そして両者に比べると不作為できた日本の姿がそれぞれ浮かび上がります。
アジア内に共通する儒教的土壌の影響は決定的でありながら、各国でそれぞれ異なる発展を遂げたのはなぜか?知っているようで知らない韓国と中国の姓名の変遷物語。共通点が多い分、両者との比較の中で自然と日本のあり方も浮かび上がります。
二重にも三重にも発見が多い両国の姓名事情をお楽しみください。
斎藤淳子
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